シャフトはゴルフと共に進化したって本当ですか?/誰かに話したくなるおもしろゴルフ話
- 2016.04.09
- 知識向上
ゴルフの始まりは、諸説あります。いずれにしても、600年ほど前にはゴルフクラブが現在のような形状になっていた証拠は色々と残されています。その頃のシャフトは、木製でした……。
マスターズのゴルフ中継の冒頭で、流れる楽曲があります。マスターズのことを歌ったカントリーソングです。その最後で“ヒッコリーシャフトの伝説”と歌われるのが、マスターズの創始者「ボビー・ジョーンズ」です。
なるほど、木製のシャフトというのはヒッコリーシャフトのことだと考えるのは、まだ早いのです。
木製シャフトの時代は職人技に支えられていた
ゴルフが公式文書に出てくる最も古い例として有名な「ゴルフ禁止令」は、1457年3月6日に出された法令です。
スコットランドのジェームス二世が命じたもので、主に弓を作る武器職人が、儲かるからとゴルフクラブ作りに精を出すのに歯止めをかけようとしたという背景があったようです。その後、ゴルフ禁止令は何度も出されます。結局、なかなか守られなかった証拠です。
1491年、ジェームス二世の孫にあたるジェームス四世もゴルフ禁止令を出しました。歴史上も重要なこの王様は、ゴルフ史でも有名なのです。なんと1502年にバースの弓を作る職人に14シリングをゴルフクラブ代金として支払っている記録が残っているからです。
禁止しているゴルフに自らが熱中していたジェームス四世は、戦争状態にあったイングランドと同じ年に平和条約を締結し、翌年イングランド王の娘と結婚しました。この結婚を機に、イングランドの貴族にもゴルフブームが起きたのです。残念ながら、ジェームス四世はその後、再び戦争状態になったイングランドとの戦いの最中に戦死してしまいます。
ゴルフクラブを作る職人たちは、武器の性能アップに余念がありませんでした。同じ形状でも、素材が違えば性能も変わります。国内だけではなく、世界中から素材を輸入しては実験を繰り返していたのです。
実験で得た素材の知識は、ゴルフクラブ作りにも活かされました。ヘッドの素材には、サンザシ、リンゴ、西洋なしなどが使われ、シャフトも色々と試した中で、頑丈なトリネコで作られるようになりました。
19世紀になるとゴルフクラブ専門の工房が生まれ、家具職人や武器職人がゴルフクラブ職人として名前を残すようになりました。現在のアンティークゴルフクラブで国宝級と称される「ヒュー・フィリップ」が有名です。そのシャフトはトリネコです。
弟子のロバート・フォーガンのゴルフクラブも、現存するものは国宝クラスだと賞賛されていますが、彼の最大の功績は、ヒッコリーをシャフトの素材として見出したことです。(カナダ産の柿の木、パーシモンをヘッドに採用したことも有名)
トネリコは堅い木で、かなり太いシャフトになります。黎明期から数百年、ゴルファーのスイングは現在でいうところのハーフスイングのパンチショットだったと推測されています。地面に叩き付けるので、頑丈であることが最優先されたのかもしれません。
トリネコと書いていますが、正式にはセイヨウトリネコと呼び、ヨーロッパ全土で採取できる木でした。約10年で伐採できるほどに成長し、加工しやすいという特徴もあって、弓や家具の素材としても普及していました。(日本原産のトリネコは、野球のバッドの素材として有名ですが別のものです)
ヒッコリーはアメリカ産の木で、スコットランドには輸入されて入りました。クルミの仲間の木です。独特のしなりと軽さを活かすために加工された細いシャフトは、それまでの接ぎ木するようなヘッドとシャフトの接着法ではなく、ヘッドに空けた穴にシャフト通して固定するという現在のスタイルに近い方法の採用も可能にしました。
トリネコのしならない硬いシャフトから、しなるヒッコリーのシャフトになって、ボールが上がりやすくなりました。性能だけではなく、ボールがゴム樹脂になると、トリネコシャフトは衝撃を吸収できずに折れるという破損が多くなっていき、20世紀の初頭はヒッコリーシャフトの時代になっていくのです。
シャフトの変化で、ゴルフスイングも手打ちのようなパンチショットから、体を回転させてタイミング良く振り抜きフィニッシュをとるという現在に近い形になりました。
木製のシャフトは生き物ですので、1本1本の個体差も大きいという欠点がありました。最初に紹介した伝説のB・ジョーンズは、新しいクラブを作るときに同じようにしなるヒッコリーシャフトを4本選ぶために、200本以上のヒッコリーシャフトを取り寄せたそうです。
第一次世界大戦がシャフトを進化させた
ヒッコリーシャフトが爆発的にゴルファーに愛用されていった19世紀末の1894年に、早くもスチールシャフトの特許が申請されました。伝説のB・ジョーンズが史上初のグランドスラムをヒッコリーシャフトのゴルフクラブで達成するのが1930年ですから、早すぎたのかもしれません。
しかしゴルフが広まっていく中で、ヒッコリーの品不足は深刻になっていきました。特許を取った最初のスチールシャフトは、ヒッコリーの代替品という目的が強かったこともあって、断面が六角形をしていました。米国を中心に、スチールシャフトは徐々に広まっていきました。
ゴルフ規則では、スチールのシャフトを禁止していました。その理由は、ゴルフクラブの工房や職人たちの保護ということもあったといわれています。当時のゴルフクラブは木製なので、折れたり割れたりして常に修理が必要で、それがゴルフクラブの工房や職人たちの大きな収入源になっていたからです。スチール製シャフトは、生活を脅かすと恐れられたのです。
時代の流れは止められませんでした。全米ゴルフ協会が1924年にパターのみ装着の許可を出し、1926年には全てのクラブへの装着を認めました。1929年に、R&Aもスチールシャフトを公認したのです。このとき、最初に申請された特許は既に切れていました。
第一次世界大戦は1914年~1918年です。この戦争で参戦せずにひたすら補給に徹していたアメリカの工業は、飛躍的に進歩しました。鉄の加工技術も例外ではありません。1926年に米国で丸い断面のシャフトが量産されるようになり、1928年にはトゥルーテンパー社が、ステップ(段差)によって先細る形とバラツキがない現在のシャフトに繋がるスチールシャフトを市場に投入しました。
この当時、初めてスチールシャフトを打ったプロゴルファーのコメントはたくさん残っています。ヒッコリーとは比較にならない均一性と、同じ番手のアイアンで15ヤードほど飛距離が伸びることを異口同音に語っているのです。ゴルフ規則で公認されて10年後の1939年には、ヒッコリーのクラブは既に過去のものになっていました。
1941年に、トゥルーテンパー社が発売した「DYNAMIC」というスチールシャフトは、R、S、Xというシャフトの硬さ別での区別であるフレックス制を初めて採用し、爆発的なヒット商品になりました。
ちなにみ、R=レギュラー(Regular)、S=スティッフ(Stiff)、X=エクストラ・スティッフ(Extra-Stiff)が正式な呼び方です。
シャフトの硬さはメーカーやブランドごとに勝手に決めて良いものとなっていて、工業的な基準がありません。A社のSシャフトより、B社のRシャフトのほうが硬いという現象も起きてしまっていますが、現在のところ、業界内で統一基準を作る気配がないことは残念です。
ブラックシャフトを知っていますか?
21世紀の現在において、ドライバーなどのウッド系のゴルフクラブにスチールシャフトを入れている人は皆無です。当たり前のように装着されているのは、カーボン繊維でできたカーボンシャフトです。アイアンまで、全てのゴルフクラブがカーボンシャフトというゴルファーもたくさんいます。
カーボンシャフトは宇宙開発戦争の産物で、今でも進化を続けています。カーボンの繊維でできたシートを巻き付けて、樹脂で固めて作ります。軽くて強度があり、しなり具合や硬度をスチールシャフトよりも厳密に設計したい意図に合わせて製造できるのが利点です。スチールに劣る点があるとすると、衝撃を素材が吸収してしまうので、感触などを伝えるのは苦手なことです。
釣り具の竿として開発が先行しましたが、1972年にアメリカでゴルフクラブのシャフトが発売されました。驚くことに、翌年の1973年には日本の様々なメーカーが一斉にカーボンシャフトを発売しました。カーボンシャフトに関しては、現在でも日本の技術が世界をリードしています。
1973年に、本間ゴルフはカーボンシャフトを装着したゴルフクラブを日本で最初に売り始めました。そして、1976年発売の「エキストラ90」は、爆発的なヒット商品となり、カーボンシャフトが一般的になっていくきっかけになりました。
当時は、カーボン繊維の黒い部分が剥き出しだったせいで「ブラックシャフト」と呼んでいました。今でも、一部のオールドゴルファーはカーボンシャフトをブラックとか、ブラックシャフトと呼ぶ人がいます。
スチールシャフトより何倍も値段が高かったカーボンシャフトは、ゴルファーの憧れの象徴でもありました。スチールシャフトを黒く加工しただけの、遠くから見ればカーボンシャフトを使っているように見える「ブラックスチール」なんていうシャフトも、冗談ではなく本気で売り買いされていたほど、カーボンシャフトへの憧れは強かったのです。
ドライバーは、約120グラムもあったスチールシャフトから、70グラム程度のカーボンシャフトになったので、総重量が50グラムも軽くなりました。ヘッドが大型化して、総重量も軽くなったことで、ゴルファーのスイングは変化したといわれています。
2016年のカーボンシャフトは、安価なものから高価なものまでラインアップされています。重さも、30グラム台から130グラム台まで色々とあります。スチールシャフトが、1980年代からほとんど大きな進化をしていないことを考えると、カーボンシャフトは凄い進化を遂げています。
トリネコ、ヒッコリー、スチール、カーボン……。ゴルフ業界は、シャフトに使う次の素材を常に探しています。その一方で、一部の粋なゴルファーは、ヒッコリーシャフトで大昔のゴルファーに敬意をもってゴルフを楽しんだりしています。
ゴルフクラブは、シャフトがなければ成り立ちません。こだわりすぎるのは別として、興味を持って情報を収集していれば得をすることが多いはずです。ときには貪欲に、用具でゴルフを変えてみようと考えるからこそ、ゴルファーは進化に追いつけるのだとシャフトは教えてくれているのです。