GOLFES

見つかる、楽しむ、あなたのゴルフライフ。

史上最強のゴルファーは誰?④ジャック・ニクラウス編

Licensed by gettyimages R

22歳でプロ入りしたニクラウスは、その年の全米オープンでプロ初優勝を飾ります。これがメジャー1勝目と、彼の輝かしい記録の第一歩になりました。

全米オープンは4勝(歴代1位)、全英オープン3勝、全米プロゴルフ選手権5勝(歴代1位)、マスターズ6勝(歴代1位)と、通算メジャー18勝は1位。2位には14勝でタイガー・ウッズが続きます。

すべてのメジャーで3勝を挙げる「トリプル・グランドスラム」を史上初めて達成しました。ニクラウスの他には、タイガーしかいません。PGAツアーでは73勝を挙げました。サム・スニード82勝、タイガーの79勝に続く3位です。

Licensed by gettyimages R



1965年、25歳でマスターズ2回目の優勝を飾ったニクラウスに、表彰式で“球聖”ボビー・ジョーンズがこうスピーチしました。

「ジャックのゲームは、今まで私が知っているゴルフゲームとは、まったく異なるプレーをしている」

同一年に4大メジャーを制する“グランドスラム”をただ一人達成したジョーンズをして、新世代のゴルフ・スタイルを認めさせました。

ニクラウスの最も印象的なプレーは、1986年のマスターズでした。メジャー優勝は1980年以来遠ざかり、「ニクラウスの時代は終わった」とささやかれていました。

最終日を迎えて、ニクラウスは首位と4打差でスタート。誰もが、ニクラウスの驚異的な逆転劇は予想できなかったでしょう。アウトを「35」で回ったニクラウスがインで爆発します。

10番、11番で連続バーディーを奪うと、12番ショートはボギーとするも、13番ロングで2オンに成功させてバーディー、15番ロングでも第2打をピンまで3.5mにつけ、1パットで沈めるイーグル。池越えの16番ショートではティーショットがカップをなめ、あわやホールインワンのスーパーショットでバーディー。

ニクラウスの快進撃に興奮したギャラリーも集まり、1打1打に大歓声が響きます。17番もピン左からストレートに近い4mのスライスラインを読み切り、カップのど真ん中に沈めるバーディー。このインは「30」で周り、劇的な逆転優勝を果たします。

18番の周囲に集まったギャラリーのうち、20人程度が「Jack is back」と声を上げ、ついにはオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ全体に響く大歓声となりました。ニクラウスの有名な写真、左手で握ったパターを突き上げた写真は、このマスターズ優勝時のものです。46歳2ヶ月での優勝は、マスターズで最年長優勝です。

Licensed by gettyimages R



ニクラウスを語るのに、その師ジャック・グラウトの存在を抜きにはできません。ニクラウスは当初、父・チャールズさんにゴルフを教わりましたが、10歳になった時、父がメンバーだったサイオトCCのジュニア・ゴルフ・スクールに入りました。そこで、グラウトに出会います。

グラウトの指導法は、あれこれ細かい指示をして型にはめるのではなく、自由にのびのびと打たせました。何より、スケールの大きいスイングを身につけていきました。ニクラウスは13歳で70を切るほど上達しました。

人格者であったグラウトから、ニクラウスは大きく影響を受けます。ニクラウスが試合で失敗しても、グラウトは「大丈夫。君の失敗は成功につながっている」と励まします。

ニクラウスは生涯、グラウトを師と仰ぎました。年齢に応じてスイングもその時の自分に合うように変えていったのです。本人がその著書に綴っています。

「若い頃は足の強さからくる力強いショットを得意としたが、いつまでもそういうわけにはいかないし、自分の身体の変化を受け入れて、柔軟に解決策を見つける必要に迫られた」(ジャック・ニクラウス『勝利の決断19条』)

Licensed by gettyimages R



具体的には、40代になるにあたって手首を柔らかく使い、腰に負担がかからないスイングに変更しました。この改造で1980年、40歳にして迎えた全米オープンと全米プロに優勝します。

そして1986年、マスターズまで1ヶ月のある日、ニクラウスはグラウトを試合会場に招き、スイングをチェックします。そこでグラウトは手首に頼りすぎていることと、トレードマークだったチンバックをしないために、スイングのテンポが悪くなっていると指摘しました。残り期間でスイングの修正を図ったニクラウスは、見事に優勝に結びつけたのです。

ニクラウスには多くの逸話があります。往年の名手だったサム・スニード(PGA最多勝)と、トミー・ボルトの会話です。

スニード:「わしだってニクラウスみたいにパッティングがうまかったら、1000勝だって夢じゃないな」

ボルト:「ふ~ん。でもニクラウスがお前さんと同じだけ試合に出てたら、2000回は勝ってるよ」

全盛期の頃、試合前の練習でニクラウスがドライバーを取り出すと、キャディはボールの落下地点付近にボールかごを持って立ちます。試合での感触を大事にするために実戦で使う自前のボールを打つので、キャディーが回収するためです。

ニクラウスが打つと、打球はなんとワンバウンドでかごの中に入っていきます。時折キャディが左右に動きますが、それはニクラウスからフック、スライスの合図があった時でした。

Licensed by gettyimages R



ニクラウスは幼少時代からゴルフ漬けだったわけではありません。高校時代はバスケットボールの選手も務め、野球、フットボールでも才能を発揮しました。多種のスポーツを経験することで運動能力が向上し、ゴルフで大成しました。

ニクラウスは自身の競技生活を、「ゴルフは年上の人と一緒にゲームをすることで、学べることが大きかった」と振り返っています。ゴルフというルールから学び、磨かれた彼の人間性や、グラウトという師を得たこと、彼の運動能力がニクラウスを偉大な選手に育てました。

高い運動能力に恵まれ、ゴルフというスポーツから人格形成を学んだニクラウスは温かい家庭にも恵まれます。ニクラウスはゴルフ史上、最も輝く巨人として、永遠にその存在が語り継がれるでしょう。

関連記事